HONDA

私たちの歴史

COMPANY

ホンダテクノフォートは 「Hondaの研究開発の一翼を担うと共に、スペシャリストが集う“技術の要塞”たる会社になりたい」と想いを胸に、常に進化し続けています。

株式会社プルービング・サービス創業

株式会社ホンダ・エクスプレス(現ホンダロジスティクス)の一部門であったテスト部門を独立させ、株式会社プルービング・サービス(現ホンダテクノフォート)を創業しました。当時は従業員数222名からスタートしました。

芳賀センター 自社工場を竣工

試作板金・組み立て、強度テスト、広報車メンテナンスができる機能を備えた自社工場を竣工しました。

CAD・CATIAを自社内に導入

技術力の向上を目指し、CAD・CATIAを自社に導入。
設計技術者の育成を図り設計業務受託を進めました。

株式会社ピーエスジーに社名変更

耐久テスト中心だった事業形態から設計や研究領域へ事業が拡がり、従業員数も400人規模へ。事業基盤の拡大に取り組んでいきました。

鷹栖事業所 竣工、テストコース管理業務を開始

テスト車両の発着管理からスタートした鷹栖事業所の業務。
その後、テストコースの管理、耐久テスト等の業務を拡大していきました。

本社移転、和光センター竣工、アメリカでの業務開始

一貫した開発業務ができる環境を整えるため、本社を移転。
同年には和光センターも竣工し、デザインデータの業務を開始しました。

東日本大震災からの復興

3月11日、日本観測史上最大の「東日本大震災」が発生。
甚大な被害はHTFTのみならず Hondaグループ全体で人、事業、インフラ等様々な所に影響を及ぼしました。
その中でも、全社一丸となり、いち早く事業復旧を推し進めていきました。

マイナーモデルチェンジ一括開発業務の受託開始

Hondaより2014年モデル フィットシャトルのMMC一括開発を受託。これまで各部署がそれぞれの専門領域の仕事を受託する「機能開発」でしたが、クルマ1台の幅広い開発領域を会社として請ける「機種開発」を受託しました。
専門領域を横断した会社全体での取り組みで、この後も2016年モデルCR-Z 、2019年モデルJADEなどの機種開発を手掛けています。

ホンダテクノフォートに社名変更

スタイリングデータ・設計・研究・CAE・試作・電子制御・IT・知財など、あらゆる技術やノウハウを有する「スペシャリスト集団」である姿を「Techno」と「Fort」を組み合わせ表現し、「Hondaの研究開発の一翼を担うと共に、スペシャリストが集う“技術の要塞”たる会社になりたい」との想いと志を込め、社名を変更しました。

創立30周年を迎える

1987年の創業から従業員数1800人を超え、従業員のコミュニケーション活性化をねらいとした本社拡張工事を実施。
同年、新たに知的財産業務を開始しました。

企業キャッチコピー「Go beyond impossible.」を制定

“より良いものを目指す挑戦の先にこそ、リアルな喜びがある。
お客様や社会と喜びを分かち合うために、可能性を可能性で終わらせない企業であり続けたい。 ”
という願いを込めて、このキャッチコピーを制定しました。

マイナーモデルチェンジ三機種一括受託

四輪開発体制の相互強化のため、マイナーモデルチェンジ三機種を受託しました。
そしてホンダテクノフォート一括受託初のグローバル機種 2023年モデルCITYが市場へ展開されました。